高校生物ソフトウェアパック ZpackU Windows版(2018) は こちら
数研出版 サイエンスネット No.1(1996.10) 以前の記事をそのまま載せています。受付、問い合わせは終了しています。、
生物教育におけるパソコンの利用
高校生物ソフトウェアパックZpack
愛知県立瑞陵高等学校 西郷 孝
はじめに
新教育課程には理科の授業においてもコンピュータを活用するように示され
ているが、生物の授業においては活用があまり進んでいないのが現状である。筆
者は、数年前から、高校生物に関連したソフトウェアをいくつか開発してきた。
ここでは、パソコンの活用についての問題点などを述べたあと、筆者が開発した
自作ソフトウェアについて紹介する。また、今後の展望についても簡単に触れる
。
1.生物分野におけるパソコンの利用と問題点
高校生物におけるパソコンの活用には、測定機器の代用、実験の代替(シミ ュレーション)、生物に関する情報(各種データベース)の検索と活用、個別学習などの問題演習、図表やビデオ教材のような活用、実験データの集計処理、な
どが考えられる。
この中で、測定機器の代用と実験の代替については、使用する際に注意が必
要であると筆者は考えている。パソコンに安価なセンサーとADコンバータを接続
して温度、湿度、圧力、照度などの各種の測定を行う実験例が多く紹介されてい
る(一例として文献1)が、なかには使用するセンサーやADコンバータの性能や
製品のバラツキを考えると、正確な測定が可能か疑わしいものもある。例えば、
光合成の実験で照度と気体の発生量を測定する実験について考えてみよう。実験
条件にもよるが、一般に、光が当たれば温度も湿度も変化する。温度補正回路内
蔵の照度センサーでなければ温度補正を行う必要がある。また、光の場合には与
える光の波長の影響も無視できない。圧力センサーを使って気体の体積測定にい
たってはさらに複雑な要因を考慮しなければならない。パソコンを使ったからと
いって簡単に何でも測れるわけではないし、誤差がなくなるわけでもない。パソ
コンではデータが数値として表示されるところに問題があるのかもしれない。パ
ソコンに表示される値は絶対的なものとして信用してしまう生徒や教員が多いの
も事実である。パソコンが得意なのは、与えられたデータに基づいて計算をした
り、結果を集計したりすることであって、良いデータを収集することではない。ON
/OFFのような2値的な変化をみる場合ならともかく、定量的な実験では、増
えたか減ったかなどの大まかな傾向をみる程度にとどめるのが妥当であろう。正
確な値が必要なら、専門の測定機器メーカーの製品を用いるのがよい。
実験の代替として利用する場合は、さらに考慮することがある。まず、簡単
にできるような実験まで、代替してすませるという姿勢は正しくない。生物の補
助教材として使われる図表のなかには、簡単にできる実験でも、やり方だけでな
く結果の写真まで載っているものがある。「当社の図表は実際に実験をやらなく
てもすむように結果の写真を載せてあります」などというセールスには閉口する
。 メンデルの法則を確認するシミュレーションソフトの中には、パソコンが何
をやっているのかについて何の説明もなく、生徒がキーを押すとしばらく後に分
離比が表示されるといったものが多い。硬貨やビー玉などを使ってある程度手作
業でやった後に、時間を短縮するためにパソコンを利用するといった流れでなけ
れば、どの部分をパソコンが行っているのかが理解されないであろう。また、「
なぜ正確に3:1にならないか」、「パソコンを使ったのにどうして毎回微妙に
値が違うのか」などの質問に答える必要がある。
実際に実験を行うには時間的・空間的に不可能な現象について、微分方程式
などの関係式や条件を設定して、パソコンに計算させるのがシミュレーションの
本来の姿である。最初から仕組まれた計算式を計算するだけでは単なる「やらせ
」にすぎない。条件設定が任意に行えるソフトが必要である。実際には多元連立
の微分方程式を数値的に解いていくことになる(文献2、3)。シミュレーショ
ンによって得られた値との現実の値の比較が可能なら、仮説の変更や新たな要因
の検討など、探求活動の題材として良いものとなるであろう。
パソコンによる測定やシミュレーションは、実験誤差について考えさせたり
、この測定や計算式で正しい結果が出てくるのか、他に結果に影響を与える要因
は何か、などを考察させる探求学習の題材として活用するのがよいのかもしれな
い。
2.高校生物ソフトウェアパック Zpackの開発
生物の授業へのパソコンの導入が進んでいない理由には、学校現場でパソコ
ンが十分整備されていないなどのハードウェア的な要因に加えて、「生物とコン
ピュータは相容れないもの」という固定観念や、パソコンに対する苦手意識や拒
否反応が生物教員のなかにいまだに根強いことも否定できない。さらに、前述の
ような曖昧な使用方法に対する不信感も加わっている。結局のところ、生物に関
する良いソフトウェアが絶対的に不足しているということである。
筆者も最初はパソコンを活用すると便利な項目をみつけて思いつくまま作っ
ていた。それらを1991年に Zpack I(ずぃーぱっく・わん)として1枚のディス
クに収めて配布した。Zは勤務校の名称にちなんだものである。このパッケージ
は県の研究会で実費で配布したが「盲斑の測定」「マウスの概日リズムの測定」
など数本のソフトしかなかった。その後、ソフトの数を増やし、1993年にZpack I
plus としてまとめ、日本生物教育会の全国大会(奈良大会)でも紹介した(表
1)。この版でも雑多なものが混ざっていた。その後、ソフトの開発は中断して
いたが、授業内容を補う目的で「動く図表」のようなソフトを作り始め、一つの
テーマでまとめたZpack II シリーズを作ることにして、1995年には「第1巻 分
子遺伝学の基礎」を製作した。また、 Windows対応のZpack/Winとして、「細胞
の構造と働き」、「細胞分裂の過程」、スクリーンセーバー2本を作成した。
Zpack IIでは、付属のメニュープログラムによって登録されているソフト
を簡単に選択することができる(図1)。また、Zpack II 「第1巻 分子遺伝学
の基礎」と旧版のZpack I plus は同一のフロッピーディスクにまとめられ、Zpack
I plus のソフトはZpack II の3ページ目のメニューに登録されている。
図1 Zpack IIのメニュー画面
表1 Zpack I plus の収録ソフト
生物一般図書の検索/盲斑(盲点)の測定/補色残像効果の体験/マッカロウ
色格子/錯視図形集/3D(立体視)体験/酸素解離曲線/概日リズムの測定/AD232
による測定/胚乳色比計算/簡易表計算 Z-CALC/神経での興奮の伝導/両性
雑種の分離比/集団遺伝の法則/遺伝子の複製〜転写/遺伝子突然変異/一問一
答問題集 ZQ1/選択形式問題集 ZQ2/事項分類問題集 ZQ3/文章分類問題集 ZQ4
/食物連鎖個体群変動/個体群の変動 CAT/ZPACK説明書/ZPACK/Z
PACK開発趣旨/本製品の著作権表示
表2 ZpackII第1巻 分子遺伝学の基礎収録ソフト
遺伝子と染色体/連鎖とくみかえ/くみかえ率の意味/染色体地図の作成/D
NAの発見/形質転換の発見/遺伝子の実体の解明/との実験/の増殖/DNA
の塩基組成/二重らせんモデル/DNAの複製/DNAの半保存的複製/1遺伝子
1酵素説/セントラルドグマ/mRNA合成(転写)/遺伝暗号の解明/DNAと
タンパク質/形質発現のしくみ/遺伝子突然変異/オペロン説の説明/だ液腺染
色体とパフ/原核生物の転写翻訳/ZpackU解説書/ZpackU著作権表示/メニ
ューの編集
次に、Zpack I plus 、Zpack II「第1巻 分子遺伝学の基礎」、Zpack/Win
のソフトの一例をあげ、それらについて簡単に紹介する。
(1)補色残像効果の体験 (Zpack I plus)
視覚に関する最も簡単な実験である。誰でも簡単に行うことができるので、
生徒に人気のあるものの一つである。やり方の説明が示される画面につづいて、
白色の背景に中央+印とその周囲に赤、青、黄、緑の扇形が表示される(図2)
。実験者は両眼で中央の+印を1分程度注視する。+印を注視したままの状態で
リターンキーを押すと画面が変わり、4つの扇形が消え中央の+印以外は背景色
の白色になるが、白色の画面のはずなのに実験者には色のついた扇形がぼんやり
と見えるというものである。この現象は補色残像と呼ばれるもので、心理学の教
科書などによく出ているものである。白色の画面なのに色がついていることに気
がついても、前の画面の色との対応に気がつかない生徒もいるので、何色だった
ところが残像では何色が見えるかについて注意するとよい。このソフトは何回で
もくり返して行うことができる。
図2 補色残像効果の画面
(2)盲斑の測定 (Zpack I plus) このソフトは、教科書などにでてくる紙と
まち針などを使った「盲斑の範囲の測定」をパソコンの画面で行うものである。
まち針の代わりに画面上を動くカーソルが使われる。簡単な解説画面と右眼か左
眼のどちらを行うかの選択に続いて、2面にわたるやり方の説明画面が出る。右
眼の測定画面では、左側に+印が表示されるので左眼を閉じて右眼で注視し続け
る。最初は左側から右に白色の四角形のカーソルが移動していくが、盲斑に結像
する位置でカーソルが見えなくなるので、その時点でリターンキーを押す。これ
で視野における盲斑の範囲の左端(実際の眼では右端になる)が決定される。同
様に右、上、下、左上、右下、左下、右上についても行い、8方向の端の点を線
で結んで盲斑の範囲を示すものである(図3)。「補色残像」に比べれば、長い
間+印を注視しなければならないので難しいが、2−3回やって見ればかなり正確
な盲斑の範囲が図示できる。測定後に+印を注視して盲斑の範囲として図示され
た図形が見えないことも確認することができる。
図3 盲斑の範囲の測定
この測定から盲斑によってかなりの範囲が「見ることができない」ことがわ
かるが、片眼を閉じても視野にはブラックホールは見えてこない。盲斑の周囲の
部分の情報をもとに脳で補完しているのである(文献4)。このことについてはZpack
II の次作「第2巻 神経系と動物の行動」(仮題)に収録予定のソフトによ
って体験することができる。(図4)
図4 盲斑の補完 (Zpack II vol.2)
(3)DNAの半保存的複製 (Zpack II)
メセルソンとスタールが DNAの半保存的複製を証明した実験を図式化したも
のである。DNAの二重らせんがほどけて新しいヌクレオチド鎖が作られてゆく過
程を何回も繰り返し行う説明は、黒板ではかなりやっかいなものである。(図5
)
図5 DNAの半保存的複製
(4)形質発現のしくみ (Zpack II)
任意のDNAの塩基(AGCT)をキーボードから入力することから始まり、塩
基配列が完成すると、作られた二重らせんの遺伝子鎖を鋳型にしてmRNAが作られ
ていく。mRNAは移動してリボソームでタンパク質が合成されていく様子も標示さ
れる。DNAの塩基の入力時に、終止コドンに対応する配列を入力すれば、ペプチ
ドの伸長もそこで終わる。(図6)
図6 形質発現のしくみ
(5) 細胞の構造と働き (Zpack/Win)
ミトコンドリアなどの構造をクリックすると詳しい説明が出る説明画面のほ
か、電子顕微鏡や光学顕微鏡の画像も収録されている。また、簡単な演習問題も
付属している。(図7)
図7 細胞の構造と働きの一画面
3.ソフトの活用方法
筆者の作成したソフトの多くは、授業における復習用として作られている。
ある程度授業が進んだ段階で関連するソフトを生徒に自由にやらせるのがよい。
生徒の反応は非常に良好である。自宅で使いたいからコピーしてくれと申し出る
者もいる。授業で行う時間がない場合もあるので、本校では、生物室に旧型のパ
ソコンを1台設置して、昼放課や授業後に自由に扱えるようにしてある。旧型な
ので速度は遅いが、Zpack I plus と Zpack IIは9801E/F/M以降の機種で作動
するので問題はない。中古屋にももう並んでいないような機種であるが、どの学
校にもこの手の機種がまだ何台か残っているであろう。このような機種を生物室
にもってきて利用することは比較的簡単であろう。
おわりに
パソコンをめぐる環境は時々刻々と変化している。テレビとパソコンが急速
に接近する中で、ごく近い将来に、ビデオ教材とパソコンの垣根は全く取り去ら
れるであろうし、CD-ROMや、インターネットによって多くの情報が簡単に入手で
きるようになるであろう。理科の中でも生物や地学はそれらの恩恵を最も多く受
ける分野といえる。「パソコンの活用例」などというものはすぐに過去の遺物と
なるであろう。それらの動向に対応して、筆者もソフトのWindows版への移植、
インターネット対応のHTML形式の問題集などの作成を計画している。
なお、本稿で紹介したソフトをご希望の方は表3の問い合わせ先までご連絡
いただきたい。フロッピーディスクなどの費用と次のソフトウェアを開発するた
めにかかる費用などを「開発協力費」としていただくことにしているのでご理解
いただきたい。
表3 Zpack の動作環境と問い合わせ先
Zpack I plus / Zpack II
対応機種 :NECのPC-9801/9821シリーズ
富士通FMR・松下PanacomM(印刷機能が使えません。)
対応OS :MS-DOS
メモリ :640kB 特別な増設メモリ不要
配布媒体 :フロッピーディスク1枚
開発言語 :Microsoft社QuickBASIC Ver.4.5
Zpack/Win
対応機種 :Windows3.1 以上が動作する機種
対応OS :Windows3.1 以上
Windows95動作確認済み(16bitアプリケーションです。)
配布媒体 :フロッピーディスク1〜3枚
開発言語 :Microsoft社Visual BASIC
問い合せ先: 〒467名古屋市瑞穂区北原町2-1
愛知県立瑞陵高等学校 西郷 孝
TEL 052 (851) 7141
FAX 052 (852) XXXX
E-mail: f23104@nucba.ac.jp
saigot@jsn.justnet.or.jp
参考文献
1.愛知県理科教育研究会生物研究委員会編(1993) 「すぐ役立つ生物実験
コンピュータ活用例」
2.神原武志ほか(1994)「パソコンで探る生命科学シミュレーション」 講談
社ブルーバックス
3.神原武志ほか(1992)「パソコンで遊ぶ物理シミュレーション」 講談社ブ
ルーバックス
4.クリック(1995) 「DNAに魂はあるか」講談社
以上は、数研出版の「サイエンスネット」に掲載した原稿と同じ内容です。
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